No.2パブリックスピーキングの実践家の意外なバックボーンとは?◆話し方 スピーチ プレゼンのPSL◆
Cats: 経営

林「こんにちは。本日はよろしくお願いいたします。
まずは、東川先生が今現在のようにスピーカーとしての仕事を
たくさんこなすようになられるまでの経緯についてお伺いしたいのですが
先生は、どのようなお仕事からスタートされたのでしょうか?」
東川先生「私はもともと信用組合につとめていました。仕事も一生懸命していましたので
会社の中でもまぁまぁの位置にいて、将来は取締役くらいにはなれるんじゃないかなあという状態でした。
仕事はとても面白くて、一生ここで働くつもりでした。
でも、2000年の12月にその勤め先の信用組合が経営破綻してしまったんです。
それが独立したきっかけでした。」
林「破綻ですか!かなり大変なことになったんじゃないですか?」
東川先生「そうなんです。通常、金融機関が破綻するときは
土曜日、日曜日の休日期間のうちにちゃんと準備ができるように
金曜日の営業時間が終わった後で発表が行われるんです。
ただ、うちの場合はマスコミにすっぱ抜かれてしまって
金曜日の午後一番に発表されてしまったんです。
まずそれが大変でしたが、どうにかこうにか、午後の3時間を切り抜けました。
ですがいずれにしても普通であれば月曜日になれば
取り付け騒ぎのような大騒ぎになってしまうことは明らかでした。
なので、私は、ある対処を行うことにしました。
その対処のおかげで、うちの支店は月曜日、大した騒ぎも起こさないで済みました。
他の支店とかは大騒ぎになったところも多かったんですが。
林「それは興味深いですね。どんな対処をされたんですか?」
東川先生「まず、土日の間に先手を打ってこちらからお客様に
一軒一軒電話しました。
このたびはご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。
預けていただいているお金は、預金保険機構が保証しているので大丈夫です。
そういうことを伝える電話をこちらからしたのです。
さらに、月曜日に人が大勢来ても大丈夫なように
店内のソファをみんな取り払って、多くの人数が待てるように
折りたたみ椅子を並べられるだけならべました。
ですが、電話戦略が功をそうしたのか
結局うちの支店は大した騒ぎにならずに済みました。
林「なるほど。それって当たり前のようでなかなかできないことですよね。
なぜ、東川先生は、そんなアイデアを出せたんですか?
なんで、そんなに人の心がよくわかるんでしょうか」
東川先生「一つには、テレビ局で5年間ADをしていたということで鍛えられたのかもしれません。
ADの仕事現場は、常に本番状態なんで、常に次の次の次の手まで考えて
あらゆる可能性や起こりうる事故を想定したうえで、動いていかないといけないんです。
あと、大学生の時には、同人誌の即売会もやったことがありました。
こういうイベントの運営に携わるとやっぱり、トラブル、トラブルの嵐になります。
ですので、何かあったときのことをどこまで予想できるか。
そこが勝負になってきます。
あと、もっと昔のことにさかのぼれば
母親がとてもほめ上手だったというのも大きいかもしれません。
ある日、母親が外出したとき
子供たちが昼食を外で食べるためのお金を置いていくのを忘れてしまったことがありました。
当然、お昼時になると、妹も、弟も、私に
「おなかへったー」
といってきました。そこで、冷蔵庫の中にあるもので適当に料理を作ったんですが
それが非常に好評でね。すごくほめられたんです。あんた天才だわーって。
そうしているうちに、お昼ごはんは毎日私が作るようになっていました。
林「ほめられて伸びたということですね」
東川先生「うーん、ほめられたというよりは、おだてられたという感じですかね。
最近、母親に
なんであんなに毎日毎日みんなで、うまいうまい!天才やわー、っておだててくれてたの?
そんなに毎日おいしかった?
って聞いみたんです。そしたら母親は
「別においしくない日もあったよ。
でも、おいしくなくても絶対においしいって言おうねって弟妹に言い聞かせてたんだよ」
と答えました。
おだてておけば、私は喜んで料理してくれるだろうと踏んでそうしたわけですね。
まんまとそれに乗ってしまっていたわけです。
まぁそんなわけで、料理は今でも趣味の一つになっているんですが
それも、物事を作ったり、段取りを作るトレーニングになっていたのかもしれませんね。
林「なるほど。料理、同人誌の即売会での販売経験
テレビ局でのAD経験などが今の東川先生のバックボーンになってるんですね」
林「ちなみに、今は独立されて活躍されているわけですが
昔から、起業家になりたいという願望はあったんですか?」
東川先生「いや、まったくなかったですね。
むしろ、5年ほどテレビ局でADもやっていたわけですし、マスコミの世界に入りたかったんです。
ただ、就職試験の時にマスコミを受けたんですが、結局受からなかったので
じゃぁ、ということで、信用組合に入りました。
おおきな都市銀行に行っても優秀な人はたくさんいるので、どうせ出世できないだろうなぁと思ったんです。
ですので、どうせなら、小さくてもいいから自分が力を発揮できそうなところに入ろうと思い、その信用組合を選びました。
・・・・・・・
今回はここまでです。
次回は、なぜ東川先生は独立して成功することができたのか。
という話をお届けしていきたいと思います。
今回も読んでいただきありがとうございました。
次回も楽しみにしていてください!
林 洋一
東川先生インタビュー続きはコチラ
No.3 独立して成功できた理由
